誰もが、心の中で密かに望んでいることがあるのです。
それは、優秀な人といろんな人たちと良質な仕事をするという、静かな願いなのではないでしょうか。
人は皆、質の高い仕事に触れることで、自らの魂が磨かれるような感覚を覚えます。
だからこそ、多くの人々は、高い波を乗りこなす航海士のように、安定して成果という名の陸地へ辿り着ける存在、つまり「優秀」と呼ばれる人との共同作業を、深く切望するのかもしれません。
優秀さの定義は、移ろう光のように捉えどころがなく、曖昧なものです。
しかし、もしそれを、一定の成果を安定的に紡ぎ出す力と仮定するならば、その道筋には、二つの異なる流れが見えてきます。
一つは、孤独な探求者のように、ひたすら一人の世界で高みを目指す流れ。
もう一つは、オーケストラの指揮者のように、多くの才能を束ね、響き合わせることで、大きな成果を生み出す流れです。
ですが、夜が明けないのと同じように、すべての業務を、一人の力だけで完結させることは、この世界では叶いません。
たった一人で成し遂げられる成果には、必ずどこかに見えない壁が立ちはだかり、その天井は驚くほど低いものなのかもしれないのです。
対照的に、多人数、チームという名の大きな器で成果を生み出す流れには、その限界が見えません。
集まる船が多ければ多いほど、その進む先にある宝島は、より大きく、豊かなものになるはずです。
チームの人数が無限に増えるならば、成果の大きさもまた、無限に広がるような気がしてきます。
もちろん、一つのチームの中に集う全ての人々が、同じ輝きを放っているわけではありません。
むしろ、この世に「全員が優秀な組織」などという理想郷は存在しない、と静かに受け入れるべきでしょう。
だからこそ、真に優秀な人の役割は、単に自分と同じ輝きを持つ者を選ぶことではないのです。
彼らは、太陽が全ての植物に光を注ぐように、チームの中にいる様々な人たちの、まだ蕾のままの才能を見つけ出し、それをいかにうまく生かすかを、深く考える。
その人の持つわずかな長所や特性を、最も輝くポジションへとそっと導く、繊細な手腕を持っているのです。
そして、優秀な人と仕事をしたいと願う人が、そもそも*「自分はその優秀な人と仕事を共にできる」*と信じていること自体が、一つの才能なのかもしれません。
その信頼こそが、良質な仕事への第一歩を踏み出させるのです。
真に成果を重視する優秀な人は、結果を生むために、特定の誰かを選ぶのではなく、必要な「人」という名の資源を、丁寧に集めます。
それは、目的を達成するための、最も確かな手段だからです。
そのためにも、集まった一つ一つの魂が、昨日よりも少しだけ大きく、強くなれるような、人の成長を静かに促す環境づくりが、何よりも大切になるのでしょう。
夜の底で、その風景を思い描くとき、優秀な人が織りなすチームとは、完璧な星々が集まった星座ではなく、それぞれが異なる光を放ちながら、一つの物語を語る、夜明け前の静かな大河のようなものだと、深く感じるのです。